海外で子育てを始めれば、誰もが必ずと言っていいほど悩む問題が、子どもの日本語習得についてです。
「現地の言葉と日本語の両方を操れるバイリンガルにしたいなあ」という漠然とした想いはあっても、海外で成長する子どもの第1言語は現地の言葉ですから、マイナー言語の日本語については「どこまで習得するか」「具体的にどうやって目指したらよいのか」までは考えていない場合がほとんどではないでしょうか。
方針が無いままでは、子どもに不必要な日本語の学習を強いてしまったり、逆に意識しておかなければいけないことを疎かにしてしまったりと、その行動の結果が見えた時に後悔する事態にもなりかねません。
子どもの成長とともに、柔軟に対応していくことももちろん大切ですが、どこに重点を置いて子育てをしていくかを、ある程度念頭に置きながら接した方が、自分の行動に対する基準もでき必要とするものの判断もしやすくなります。
この記事では、日本語習得度を5つのレベルに分けて、それぞれのレベルで可能なこと、到達の難易度について考えてみたいと思います。
「この先どうするの?」という漠然とした不安を抱えたまま過ごさないためにも、子どもにどの程度の日本語を望み、そのためにどのように子どもと過ごすべきかをわかっておくといいでしょう。
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5段階の日本語のレベル
バイリンガルの程度を表すのに、よく「読み書き」ができるかどうかが基準とされますが、日本語の場合、「漢字」があるためにその習得度の程度にかなりの幅が出てしまいます。
そのためバイリンガルの目指し方が漠然としてしまい、何を・どこまですべきかわからなくなってしまうのです。
そこで子どもに「どの程度のレベルの日本語を望むか」という基準がわかるように、「漢字の習得度」という観点を取り入れた5段階のレベルに分けて見てみることにしましょう。
そこに到達するまでの難易度についても一緒に考えていきます。
日本語レベルは次のような5段階で表します。
- 日常的な話し言葉としての日本語
- 振り仮名があれば読める、仮名文字は書けるレベルの日本語
- インターネットや本など書かれたものから情報を得られ、また自分で思いや意見を漢字の変換候補を使いながら書き、発信できるレベルの日本語
- 漢字を駆使した文章を手書きで書くことができるレベルの日本語
- 日本の学校も受験可能なレベルの日本語
それでは1番到達しやすいレベル1から順に見ていきましょう。
⒈日常的な話し言葉としての日本語
「読み書き」は大きくなって、本人が勉強したくなったら自分でやればいい
レベル1の到達目標は「日常会話や意見交換・話し合いができる程度の日本語」です。
「日本語でコミュニケーションが取れる会話力があればいい」という考えならば、お母さんとの会話で日本語習得を目指すというスタイルの学習でも達成できるこのレベルでいいでしょう。
その場合「日本語の読み書き習得に必要となるたくさんの時間を他のことに充てられる」というメリットがあります。
しかし現実では、子どもが話せるようになる会話の幅・持っている語彙の量は、それぞれの子どもで大きな差ができてしまいます。日本語話者であるお母さんの会話量・会話の質、映像等を含めた日本語を聞く量に個人差があるからです。
学校や地域社会で使われる第1言語に十分な言語力があれば、その子の活躍の場は作れますが、お母さんが意識的に日本語に触れる機会を作らなければ、母語であっても、日本語は次第に弱くなり消失の危機にさらされます。子どもの言語は年少であるほど脆弱なものなのです。
子どもが大きくなってから「もっと日本語を勉強したい」と思う機会が訪れた時にも、会話によるコミュニケーションが取れ、日本語で物事を理解できることは、大きなアドバンテージになります。そのためにも、子どもが言語形成期にある今、お母さんは頑張って日本語で話しかけるように心がけましょう。
しかも、現地語優位に任せていると、聞いて理解することはできるけど、話すのは現地の言葉という「聴解型バイリンガル」になる可能性もあるので注意が必要です。
双方日本語でのコミュニケーションを望むなら、お母さんは子どもにも日本語を話させる環境を維持する努力が必要です。
また、「親が使わない言葉」はそのまま「子どもが知らない言葉」になりますので、できるだけ会話の話題を幅広く持ち、多様な言葉を使うように心がけましょう。
日本語で言葉が出づらくなると、子どもが使いたがらなくなってしまう危険もあります。
特に親子の共通言語が日本語である場合は、コミュニケーションに支障が出ないように、子どもと日本語で話し合う時間を意識して作るようにしましょう。
⒉振り仮名があれば読める、仮名文字は書けるレベルの日本語
日本語の本も読んで色んな知識を増やしながら広い視野を持ってほしいな
レベル2では、「話し言葉に加え、振り仮名があれば読める、仮名文字は書けるレベルの日本語」の習得を目指します。
平仮名・カタカナを習得し、「読み書き」ができるようになれば、日本語を通して触れることができる世界がグッと広がります。
最近の小学生以下に向けた出版物の多くは、総ルビが打たれているものも多く、興味のある分野の本を自分で読み進められるのは有難いですね。
子どものうちに、様々な文体の日本語に触れていけば、ネイティブの言葉の感覚を磨くことができます。
また、先に挙げたレベル1の会話型バイリンガルの場合、常に話題を共有してくれる日本語話者の存在が不可欠ですが、読めるようになれば、より多くの知識を自分で取り入れながら日本語で考える力を高めていけるのです。
本は日本語の維持・育成の上でもとても有効なので、上手に活用できるといいですね。子どもの目に触れやすく、手に取りやすいところに本を置くなど、興味を持ちやすくする工夫をするといいでしょう。
また、「日本語を読んで理解できること」と「聞いて理解できること」には差がありますので、読み聞かせも継続して行うことをお勧めします。
仮名文字習得は、就学前までに済ませておくと、文字に関しては維持するだけになるので、現地の小学校の学習に専念できるようになります。
さらなる日本語力の向上のためにも、本を読む・親子で話し合う時間を持つ・書く時間を設けるなど、語彙を増やし継続したブラッシュアップを心がけましょう。
⒊インターネットや本から情報を得られ、また自分でも発信できるレベルの日本語
日本語でも深く考えられるようになってほしい
レベル3の到達目標は、「一般書が読め、パソコン入力で文章が書ける『読み書き』能力が十分に備わった日本語」レベルです。
日本語の大きな特徴は3つの表記方法を使うことです。とりわけ「漢字」の使用は、海外学習者にとって、かなり大きな山になっています。この山を超えられるかどうかが、日本語習得レベルを引き上げられるかどうかのポイントになってきます。
このレベル3は、当サイトも目指しているレベルです。ある程度の手慣れとイメージを記憶に残しやすくするために、漢字習得時に実際に書く練習もしますが、基本の漢字を習得した以降は、読めるようになった漢字を完璧に手書きで書けることには執着しません。
つまり、漢字が読めるようになることに重点を置いて日本語を習得します。
漢字が読める・使えると、日本という土壌・文化を背景にして成り立った思想・文学、日本からの視点で見た歴史・ニュースを日本語で「読む」ことができるようになります。
そしてパソコンなどを使った機械入力では、変換候補から適切な漢字を選んで、社会人レベルで「書く」ことも可能になります。
「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能が高次のレベルで可能になれば、日本語での文脈理解・思考レベルも高くなるのは明らかでしょう。
また「自分は何人なのか?」というアイデンティティの危機を迎えた時、子ども自身の言語力が自信と支えとなり、父母両方の国の文化を併せ持つユニークな立場として自分を捉えられるようになります。
事実、カナダでの若者に対する言語力とアイデンティティに関する調査でも、そのような傾向が見られました。
2言語の到達度とアイデンティティとは関係が深く、両方のことばがよくできる「2言語高度到達型」ほど、アイデンティティがしっかりしていて、ことばだけを状況に合わせてスイッチできる。(中略)それによって帰属意識は影響を受けないということである。
(バイリンガル教育の方法 中島和子著)
レベル3におけるメリットは大きくなりますが、「読めるようになること」に重点を置いたとしても、漢字習得やそれに伴う言葉の概念や文法の獲得に相当の時間がかかることは否めません。
漢字を覚えるためには、その文字が使われる状況と合わせ、言葉を意味的に理解しなければならず、そのためには必然的に学習言語や抽象的な言葉も理解する必要があるからです。
現地校や習い事との時間配分のバランスも難しく、子どもの負担も大きくなってしまいます。
だからこそ、「いかに効率よく学ぶか」そして「子どもの学習意欲を継続させられるか」が重要になってきます。
最近はスマホゲームにも、子どもが楽しみながら漢字を覚えられるアプリケーションもありますので、補助教材として取り入れてみてもいいでしょう。
国語海賊~2年生の漢字編~
Fantamstick無料posted withアプリーチ
こちらのアプリ、我が家の娘にも取り入れてみたところ、凄まじい喰いつきぶりに驚いております。ただ、音訓読みにも対応していて、その辺りはとても良いのですが、フラッシュカードのような瞬発力を要する機械的な訓練の要素も強いので、あくまでも補助教材としての位置づけです。
とはいえ、「漢字学習は楽しい」というポジティブな感想が持て、学習なのにご褒美的な扱いができるというのはアプリゲームならではのメリットではないでしょうか。一考の価値はありますよ。
⒋漢字を駆使した文章を手書きで書くことができるレベルの日本語
このレベル4では、「レベル3をさらに進化させ、日本で教育を受けている子どもたちと遜色のない日本語」を身につけさせるために、「読める漢字」を「書ける漢字」にまで引き上げて日本語を習得します。
漢字を意のままに操り、書けるようになることは、日本で教育を受けた人なら苦もなくできますが、海外にいながらそこまで到達するのは、かなりの努力をした人でしょう。
ここまでくると、本人の性格によるところも大きくなります。
子ども自身が漢字が好きで書きこなすことに意欲や楽しみを持っているなど「努力を惜しまないで取り組む姿勢」と「漢字習得への熱意」が必要です。
例えば、漢字検定などに合格することを学習のモチベーションにできるような子はこのレベルを目指ざしても苦にならないかもしれません。
でももし自分の子どもが、特段漢字に熱意もなく、日本語学習に抵抗を持たない性格でもなければ、取り組む意味や目的を持たずに漢字・日本語学習を進めていると、子どもから「何のために日本語を勉強するの?」という疑問が出てきてしまいます。
家族とは日本語でコミュニケーションが取れていて、地域や学校で必要なのが現地の言葉であるなら、日本語を勉強する必要を感じず、日本語学習に疑問を持ってしまうのは当然と言えば当然です。
そしてその疑問が解消されないままだと、「やらされている」という気持ちが徐々に不満となり、自分の意思を尊重されていないと感じればその不満も大きくなります。そのまま強制的に日本語学習をやらせていると、お母さんとの関係悪化や日本・日本語嫌いにも発展しかねません。
これは、レベル3でも発生し得る問題です。
そうならないためにも、お母さんは「どうして日本語を勉強するのか」という勉強する意義を折に触れ子どもに伝え、「何のために」という習得の目的を子どもが持てるよう働きかける必要があるでしょう。子ども自身が納得して学習に取り組むことは、継続のためにもとても大切です。
学習だけでなく、「日本語を勉強していてよかった」と実感できるような体験をさせてあげられると、子どもがモチベーションを維持し、学習にも意欲的に取り組める原動力となるでしょう。
⒌日本の学校も受験可能なレベルの日本語
日本社会で子どもが進みたい道をちゃんと選択できるように必要な日本語は身につけてさせておきたい
レベル5の日本語の到達目標は、「学習面で使われる言葉・文章読解力・言い回し・慣用句など全て日本の子どもと同様に習得する」レベルです。
つまり、日本に帰って来た時に、その子の年齢に合わせた学校にそのまま入学しても授業に問題なくついていけるレベルとなります。
中学校・高校、さらに大学受験。どこで日本の学校にトライするのかはその子の事情があるでしょうが、どこを目指すにしても質・量ともに日本語学習に対する相当の努力が必要です。
日本で生活している子どもたちと同じ条件で比較され、さらに、それぞれの科目で相応の日本語能力と知識を持たなければいけないのです。
また、受験となれば試験に解答するためのテクニックも必要になってくるので、一般的な学力以上のものが求められます。
もし地域に日本人学校があるなら、現地校ではなくそちらの選択肢も考慮に入れてもいいでしょう。少なくとも日本で求められる年齢相応の学力と日本語で思考する環境が得られます。
もちろん帰国の時期や地域によっては、帰国子女枠での受験が可能な場合もあり、その際は現地の言葉を扱えることが有利に働きます。当然受験内容も変わってきます。
ただ英語圏あるいは、インターナショナルスクールからであれば、そのまま英語力を勉強や生活に生かすことができる学校もありますが、非英語圏の現地校からであるなら、やはり日本語力を高めておいた方が、日本での生活、その後の勉強にも役立つでしょう。
帰国後に住む予定の地域によって選べる学校の選択肢、必要な日本語や科目が変わってきますので、いずれにしても、早い段階で志望校の情報収集をして計画を立てられることをお勧めします。
「言の葉洋々」はレベル3を目指しています
この時代に生きる私たちの子どもは、国際社会が身近になり、多様な世界に対応した相互理解がより重要になってくるでしょう。
双方の文化・価値観の違いを理解し受け入れられることは、海外に暮らす子どもの強みの1つです。
当サイト「言の葉洋々」では、その強みを活かすためにも、2言語で高度に読み書きできるバイリテラシーを持ち、そして互いの国を内側から理解できるバイカルチャーな子どもを育てていきたいと考えています。
また、高次のレベルでの日本語習得には、揺るぎないアイデンティティの確立、自己肯定感や自信が持てるなど、一般の第2外国語以上の役割があります。
しかし語学以外にも、「子どもが何かに興味を持ち熱心に取り組むこと」「物事を達成する経験」そして「将来自分の進みたい道を思い描けること」は当然重視されなければならず、そのために費やす時間はきちんと確保されるべきなのは言うまでもありません。
どちらも達成するために重要となるのが、「子どもの生活の中でどのようにバランスをとって日本語学習をしていくか」「どれだけ効率よく習得していくか」ということです。
このサイトでは、日本語の恩恵を存分に得られ、かつ現地の生活とのバランスも維持できる「レベル3」を目指し、どのように子どもと接したら良いか、何をしたら良いか等を、具体例を交えながら発信していきます。
是非参考にしていただきながら、一緒に海外子育てを考えていきましょう。
漢字は書けるようになるのかな?